どうも、広く浅いオタクの午巳あくたです。
今回は朝井リョウさんの「正欲」について語りたいと思います。
2022年の本屋大賞ノミネートに加え、2023年に実写映画化も果たした本作のあらすじと感想、ネタバレありの考察をご紹介いたしますのでぜひ最後までお付き合いください。
あらすじ
ひとり息子がとあるユーチューバーの影響を受けて、学校に行かず動画配信すると言い出し、頭を悩ませる検察官。
当たり前のように性や恋愛の話をする周囲に合わせられず、生きづらさを抱える寝具販売員の女性。
リベラルでアップデートされた価値観を表現しようと、学園祭のイベントを企画する女子大生。
生き方、アイデンティティ、そして性的嗜好、底知れない「多様性」の深淵にとらわれてしまった人々の物語。
感想:アンチ多様性※ネタバレ無し
終始にわたって「多様性」という言葉へのアンチテーゼが感じられる作品でした。
多様性うんぬんとニュースやネットで叫ばれるようになって久しい昨今ですが、それに対して僕が思っていたモヤモヤを見事なほど的確かつ具体的に表してくれたため、作者である朝井リョウさんに拍手を送りたくなりました。
しかし、同時に紙面から飛び出してきた言葉のナイフに、僕自身も深く刺された次第です。
本作で語られているのは、多様性を謳うマジョリティの人間への痛烈な皮肉でした。
僕自身は多様性という言葉を使ったことは(たぶん)無いのですが、それでも間違いなくマジョリティ側の人間ではあります。
そして「自分は理解ある人間だ」という自負も少なからずありました。
正欲という小説は、多様性を口にしようとしまいと、受容と理解を美徳とするマジョリティの人間に対し、鋭く尖った切っ先を向けていたのです。
おそらくこれを読んだ誰もが、自分の生き方や考え方を立ち返り、自身の傲慢さに気づかざるを得ないでしょう。
よって決して気軽に読めるタイプの作品ではありません。
しかし同時に小説がいかに人の価値観や思想を揺るがすのかを改めて実感し、小説だからこそ伝えられるテーゼがあると知り、そんな「小説の凄み」をぞんぶんに味わえる傑作であることも間違いありません。
登場人物と相関図
- 寺井啓喜……検察官。不登校になった息子のことで悩んでいる
- 寺井泰希……啓喜の息子で小学生。ユーチューバーを目指して配信活動を始めた
- 桐生夏生……寝具販売員の二十代女性。同窓会で秘密を分け合った佐々木と再会
- 佐々木佳道……食品会社勤務。夏生との再会で生きる希望を見出す
- 神戸八重子……大学生。男性恐怖症。学祭で多様性を表現したイベントを企画する
- 諸橋大也……八重子と同じ大学に通うダンスサークルのメンバー。イケメンだが周囲とは距離を置いている
考察:「正欲」というタイトルの意味
※この章では重要なネタバレを含んでいるため未読の方は飛ばしてください
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正欲という言葉は国語辞典などに載っているようなものではなく、朝井リョウさんの造語だと思われます。
読んで字のごとく「正常な欲」という意味で、かなり皮肉なニュアンスが込められていると個人的には思いました。
かつてはゲイもレズビアンも、トランスジェンダーも異常な欲だったのかもしれませんが、昨今の多様性社会においては、ほとんどの人間がこれらLGBTの性欲も正常な欲として認識していますね。
それなら例えば小児性愛はどうでしょう?当然のことながら社会通念上けっして許容するわけにはいきません。しかし間違いなく性的マイノリティでもあり、そのほとんどが生来のものです。
そもそも小児性愛そのものは犯罪じゃありません。欲望に負け、手を出したとき初めて犯罪となるのです。
もしも
「僕は小児性愛です。でも実際に手を出したことはいちども無く、普段から子供に近寄らないようにしています。自慰行為には合法のイラストなどを利用しています」
という人がいたらどうでしょう?
みなさんは、それならゲイやレズビアンと変わらないなと思えるでしょうか?良き友人として彼を迎え入れられると思いますか?
「そんなのは無理だ」とおっしゃる方も少なくないんじゃないかと愚考します。
やはりどこまでいっても小児性愛は「異常な欲」に分類されるのです。例え、犯罪に至っていなくても。
つまり、いくら多様性を謳う世の中になっても、弾かれてしまう人はいるのです。
本作にこんな一文があります。
多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の想像力の限界を突き付けられる言葉のはずだ。
そして作中でこの一文を体現した人物がいます。検察官の寺井啓喜です。
学校に行かず配信活動に勤しむ息子を、彼は受け入れられませんでした。
自分の中に潜む、「異常な性欲」を自覚し激しく動揺していました。
そして、逮捕された佐々木佳道と桐生夏生の絆を理解できず、大いに戸惑っていました。
この寺井啓喜の反応こそ、本当の意味での多様性を目の当たりにした人間の姿なんです。
つまるところ正欲というタイトルは、多様性を謳いながら誰もが意識的に、あるいは無意識に、正常と異常を区別し、異常としたものを迫害する社会への皮肉です。
「結局どこまでいっても『正常』にこだわり続けてるじゃないか」というメッセージなのでしょう。
まとめ:こんな人におすすめ
「正欲」はこんな人におすすめです。
・多様性という言葉にモヤモヤした何かを感じる
・自身があるいは身近な人が性的マイノリティである
・自分の価値観を揺るがすような凄みのある小説を読みたい
個人的な印象では、本作の朝井リョウさんはかなり喧嘩腰、昨今の世間の風潮にかなり鬱憤がたまっているのが見て取れました。
だからこそ、とことん辛辣で容赦のないキレッキレの文章に仕上がっていると思います。