人間を書くとは?

人間を書くとは? コラム

小説でとくに言われる批判として「人間が書けていない」というのがあります。

正直、批評としてこの評価をつけるというのはいささか不親切で、誰でも言えるようなことを言ってるだけじゃないかと、思わなくもないです。

しかし一方で、小説を読んでいていまひとつ登場人物に共感できず、途中で読む気になれなくなってしまうことがあるのも事実です。

そこで今回は「人間が書けていない」と感じるのはどういうポイントなのか?を考えてみたところ、以下の2点が大きいんじゃないかと思いました。

二次元のパーソナリティー

二次元、つまりは平面的なパーソナリティーの人物は、人間味に欠ける印象があると思います。

例えばとあるキャラクターのパーソナリティーを二次元的に表すとこんな感じです↓

  • 気弱で自分に自信がない
  • いざというときは大胆な決断をする

ハリー・ポッターのパーソナリティーをイメージしてみました。こういった要素のひとつひとつを組み合わせれば、おのずとキャラクターを作ることはできるでしょう。

しかし、ただ並べただけではそれは二次元的な構造しかもちません。小説においてはこれだけで人間味を感じさせるのには、不十分だからです。

これらの要素に「Why(なぜ)」が必要なのです。

なぜ気弱で自信がないのか?→家庭で虐待され、成功体験がなく、自尊心を育む環境にいなかったから

なぜいざというときには大胆な行動するのか?→強大な力を持つ闇の魔法使い相手にひるまず立ち向かった両親の血を引いているから

ハリーポッターは読んでいれば、おのずとこのWhyの部分がわかるようになっています。

こういったパーソナリティーのひとつひとつにきちんとWhyへのアンサーが用意されていることが、多次元のパーソナリティーの証なのです。

加えて「パーソナリティーを違う角度から描く」という点も重要。

ハリーポッターの序盤では、彼のいとこであるダドリーが動物園で大蛇が飼育されているケースの中に閉じ込められてしまうシーンがあります。

そのときハリーは笑いました。いつも自分をイジメるいとこが酷い目にあっているところを楽しんだのです。

なんてことないシーンですが、冷静に見てみると児童小説の主人公としてはやや相応しくない一面ですよね。

しかし、これはハリーのパーソナリティーに合致した行動とも言えます。なぜなら彼は「気弱で自分に自信がない」からです。

気弱で自分に自信が無い人ほど、他人の失敗をひっそりと喜んでしまう節ってありますよね?

ここでダドリーを心配して、必死に助けようとするのは、どちらかという自分に自信があって余裕のある人の行動だと思います。

また「いざというときは大胆な決断をする」という面においても同様です。

このパーソナリティーが功を奏して状況を打開したり人を救ったりすれば、「勇気」として目に映りますが、逆に状況を悪化させれば「無謀」と認識されることでしょう。

じつはハリーも作中において、大胆な決断で勇気を示すこともあれば、無謀や無鉄砲で失敗することもあり、彼のパーソナリティーを多面的に描いているのです。

このようにパーソナリティーにきちんと理由があり、なおかつ多面的に描かれていれば「人間的」であると、読み手はとらえやすいのではないかと思います

直立不動で対話する人々

小説に限らず、またジャンルも問わず、物語はキャラクター同士の「対話」が不可欠です。

これは言葉を交わすという意味だけでなく、また剣で切り合ったり銃を撃ちあったり、また恋人同士がキスをすることなど、複数の人間がなにかしらのやりとりをすること全てを、広義的に「対話」であるとここでは定義します。

話は変わりますが、僕はその昔、ライトノベルの新人賞の第一次選考をする仕事をしたことがあるんですよ。

何千通と届く応募小説を一番最初に読む係ですね。よって作品クオリティはそれこそピンキリ。普通に小説として面白いものもあれば、読むのが苦痛になるほどしんどい作品もありました。

そしてクオリティが低い作品で多くみられた特徴に、「直立不動で対話する人々」というのがありました。

例えば主人公とヒロインが部屋の中で会話しているシーンがあったとします。

誰が、どこにいて、どんな会話をして、そして主人公がどんなことを思っているかまではけっこうちゃんと書かれているのですが、二人の動作的な描写が一切ないケースが実に多かったのです。

想像してみてほしいのですが、誰かと会話しているとき、身じろぎひとつせずに口だけ動かしたりはしませんよね?

飲み物を口につけたり、額に手を当てたり、手をたたいて笑ったり、逆に眉間にしわを寄せて顔をしかめることもあれば、喉を鳴らし、ため息をつくもあります。

こういった動作的な部分を書かず、直立不動で口だけで会話しているシーンは、非常に読んでいて味気ないものがありました。

もちろん書いている方はちゃんとキャラクターたちが動いている画が浮かんでいるんでしょうが、それらを描写せずにただ会話を垂れ流しているだけだと、それがどんな内容であれひどく薄っぺらく思えるものです。

また剣で切り合うシーンにおいても、切られれば表情が歪むし、逆に切れば表情が緩むこともあり、息が荒くなったり、手が震えることだってあるでしょう。

人間は会話していようと剣で切り合っていようと、感情的、生理的な要因で体のどこかが反応するものです。

そういうところもまた人間味と言えると思います。

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