某ホラー映画のタイトルをパク…こほん、オマージュしてみましたが、決してホラーではありません。
どちらかといえば「仁義なき」です。実写化の際は、ぜひとも僕の役は山田孝之さんでお願いしたい限り←言うだけならタダですからね
僕には苦手なモノがたくさんあるのですが、その中でも上位に食い込むであろうものが「スマホの買い替え」です。すっきりした気持ちで店を後にできた試しがない。
苦手意識を持つことになったきっかけは、かれこれ8年くらい前の出来事。当時は確かiPhone7か8が最新モデルだったはず。
モールのショップ店員だった僕は、仕事終わりに同じモール内のショップに立ち寄った。
そこそこ賑わったブースに入り、待つことおよそ15分。ようやく僕の番になり、やれキャンペーンだの新製品だののポップが掲示された仕切りに囲まれた机に座った。
「お待たせしました!担当の伊藤(仮名)と申します!」
対面に座った伊藤さんは、快活な声で語り掛けてきました。
年齢は30代後半くらい、浅黒い肌に引き締まった体の男性で、運動部出身のベテラン店員といったところだろうか。
とても感じが良い方だったので、この時の僕は良い店員さんにあたったなと内心喜んでいたのだが。
「このプランにするとー、〇〇〇の△△で、あとオプションで〇×▽☆●◇■…」
高速詠唱される呪文に圧倒される僕。意味がさっぱり分からず「はあ」とか「へえ」とか気の抜けた返事をし、でもそれだけだと感じ悪いから「あーあーなるほどお」などと感心してる風な相槌も織り交ぜ、神経をすり減らしていく。
なにはともあれ、明らかに過剰なオプションをつけられそうだったので、余分なものを一つ一つ断っていった。
「それでしたら〇×▽☆●◇■なら…」
尽きることがない。無限に湧き出るお得風なナニか。
携帯ショップのオプションやプランについてのマニュアルは、昔のカラオケ屋にあった歌本10冊分くらいあるのだと僕は確信。若い人がピンとこない例えですみません。
そんな攻防を繰り広げ、ついに敵?はプランやオプション以外の武器を手に取った。
「ところで、写真とかって結構撮りますか?」
「いや、あんまり…」
このやりとりを覚えててください。テストに出ます。
「実は新しいUSBメモリが出ましてー」
と言い出した伊藤さん。
どうやらスマホとPC間で簡単に共有できる大容量のUSBメモリを買わせたいらしく、サンプルを見せてもらったら世間一般のUSBよりも大きく、確かに高性能そうな見た目をしている。
伊藤さんがいろいろと機能を説明してくれたが、いまひとつ良さがわからない。明確に理解できたのは、僕には必要のない代物だという事実のみ。
「これなら大量の写真もあっという間にPCに移行できるんですよ」
はい、みなさんテストです。
問1.大量の写真をPCに移行できるUSBメモリに、なぜ主人公は惹かれないのでしょう?
答.だから写真はあんま撮らないって言ったばっかだろうがああああ!!
それから数十分後。
僕の目の前には、新しいiPhone。そして…大げさな箱に収められたUSBメモリがあった。購入が決まった二つの商品を意気揚々と僕の目の前に並べる、伊藤さんの笑顔も添えて。
しかも彼はそれだけでは満足せず…
「そういえば、ケースとかフィルムって使いますよね?」
「いえ!友人が働いている店で買う約束してるんで!」
と、いもしない友人をでっちあげて、そそくさと店を後にしたのだった。
なぜ絶対に不要であるはずのUSBを買ったのか、理解できませんか?
同感です。なんで買っちゃったんでしょうね?
ただ言い訳させてもらうなら、僕のような小心者にとって、断るという行為は思いのほかエネルギーを消費するもんなんです。
高速詠唱されるプランやオプションを断り続けた僕は、USBメモリを勧められたころには完全にエンプティだったのだと考察しています。
この日を境にすっかりスマホの買い替えが苦手になった僕は、なるべく買い替える頻度を少なくしようと、最新モデルに飛びつくのをやめました。
考えてみれば、スマホを毎年買い替えるのって身分不相応な贅沢だったので、そういった意味では伊藤さんには感謝しなきゃですね。
ただモノの扱いが雑でわりかしすぐにダメになってしまうため、なんだかんだで2,3年に一回は買い替えてはいるんです。
そしてつい最近、また例の時期がやってきました。
そう、スマホの買い替えです。
とりあえず近くのショップに電話して買い替えの予約をしたところ。
「はい!かしこまりました!17時でお待ちしております!」
快活だ、男性だ、たぶんベテランだ…うう、頭が
嫌な予感がしたので、別の店舗にも電話してみた。
「かしこまりました。では17時で」
そっちの店では女性が電話に出て、こういっちゃなんですがそこまで仕事熱心な感じもしない。
僕は最初に電話した店にまたかけて予約をキャンセル。
17時、おそるおそるショップの自動ドアを僕はくぐった。
「午巳さま、お待ちしておりました」
ちょうど出迎えてくれた店員さんが、さっき電話に出た方でした。ここでは高橋さん(仮名)としてきましょうか。
高橋さんは小柄な真面目そうな印象の方だった。
僕が内心でホッと胸を撫でおろしたのは言うまでもない。
「どのような機種がご希望ですか?」
「iPhoneがいいんですが、別に最新モデルにはこだわってないので安く済むなら旧モデルが良いです」
こんなやり取りを交わしつつ、スムーズに話が進む。プランやオプションのゴリ押しもあまりなく、もういちど胸を撫でおろす僕。
しかし
「ところでタブレット端末の併用とかお考えですか?」
ん?
「まあ、興味はありますけど…」
動揺のあまり曖昧な返事をしてしまったのが致命傷。
「よろしければ、タブレットと同時に購入した場合の月々の料金を試算してましょうか」
「は、はあ…えっと…」
そしていそいそと手元のタブレットでポチポチとプランを組み立てる高橋さん。
落ち着け、落ち着け、セット販売をしないと店長にドヤされるんだろうと、自分を納得させる。
そして彼女が試算したタブレット併用の料金プランは、明らかに予算オーバー。リトルハートを奮い立たせて、断った。
すると
「それと、iPhoneってUSB端子がタイプCになったんで、今まで使っていた充電器だと規格が合わなくて充電できないと思うんですよ」
僕が使っていたiPhoneのUSBはライトニングタイプであるため、それは確かにそう。でもタイプCの充電器くらい別で持っていた。なにせ日本で一番流通している規格なわけだから。
「なのでタイプCに対応した充電器はいかがでしょう?これなら付属のケーブルで直接繋げますし、充電速度もすごく速くて…」
ん?ん?
僕の脳裏に、三十代後半の浅黒い肌をした体育会系の男性の顔がちらつく。息も絶え絶えになりながら、なんとか充電器のセールスも躱す。
そして彼女は最終兵器を持ち出した。
「ところで、写真ってけっこう撮られますか?」
背中に冷たい雫がスッと這う。お、お、落ち着け、ただの雑談かもしれないだろ?そうなんだろ?そうだと言ってくれ。
「いや、あんまり…」
この会話、前にもしたことあるような…デジャヴだ、そうに決まってる。
「そうなんですね、実は大容量のUSBメモリがあって、それなら…」
問2.主人公はこのとき激しく動揺しました。なぜでしょう?
答.ゆ、ゆ、USBメモリだああああああ!!
トラウマが開いた音がした。まさか8年の時を経て、ふたたび相まみえるとは…そしてなんで僕の「いや、あんまり…」はいつもスルーされるんだ?
このように、再び熱心なセールスを受け…いや、まあ、取り繕うのはやめよう、カモられそうになったのだえった。
しかし今回の僕は一味違っていた。
「えっと…良いと思うんですけど…たぶん使わないんでえ、大丈夫ですよ、あはは」
このように、はっきりと断ってやったのだ。
そして数十分後、僕の目の前には最新モデルのiPhoneと硬質のガラス製フィルムが目の前に置かれた。もちろんUSBメモリなんて存在しない。
いやいや、フィルムは買わされてるじゃんw
とツッコんだそこのあなた。短絡的です。高性能USBとフィルムじゃモノが違います。なによりも価格が違います。
そして僕は店でフィルムを(有料で)貼ってもらい、意気揚々と最新のiPhone16を持って店に出たのだった。
ようやく僕は、おそらく初めて、清々しい気持ちで携帯ショップを出ることができた。
人は変わる。よくも悪くも大人になる。USBを買わされない強さだって身につく。
……さて、この時点でなにか違和感を覚えませんか?ヒントは「最新のiPhone」です。
まだわからなければ、少し上にスクロールして戻ってもらい、僕が高橋さんと対面したシーンを読み返してみてください。
なぜ、僕は最新のiPhoneを買っているんだ?
と気づいた瞬間、またしても冷たい雫が背中を這う。
いくら高橋さんとの会話を思い返しても、「やっぱ新しいやつがいいかなあ」なんて言った覚えはない。
高橋さんが旧モデルの在庫を確認した様子もなく、「実は最新モデルで用意しちゃった方がお安いんですよー」みたいなことも言われなかった。
そう、いつの間にか、最新のiPhoneを購入するということで話が進んでいたのだ。
そして僕は店を出るまで、その事実に気づきもせず、偽りの勝利の余韻に浸っていたのだった。
「ふう」
諦観のため息をひとつつき、僕は近くにあるスマホアクセサリー店に足を運び、なるべくしっかりと本体を守ってくれそうなケースを購入。
こうして手に入れた最新のiPhoneは少なくとも5年は使い倒すつもりです。少しでも長い期間、スマホの買い替えをしなくて済むように。