「本を読めるようになる」には

「本を読めるようになる」には コラム

読書が趣味だと言うと「私も本読めるようになりたいんだよねえ」という返事がかえってくることがしばしばあります。

ときに「どうしたら本って読めるの?」とストレートに聞かれることもありました。

いわゆる読書力というものを欲しがっている人は意外と少なくありません。

しかし思春期のころから読書を嗜んでいた身からすれば、どうしたら読めるようになるのかなんて考えたこともなく、気が付いたら読むようになっていたとしか言いようがないものです。

そこで今回は読書力を身に着ける方法について考えてみました。

まず僕が本に興味を持ったきっかけを思い起こしたんですが、やはり祖父母の影響が大きいですね。

祖父ちゃん祖母ちゃんの家のリビングには、壁一面が本棚で小説から実用書までぎっしり詰まっていたのを、よく覚えています。

特に祖母ちゃんは僕によく本をプレゼントしてくれました。そしてその中に、あの「ハリーポッターと賢者の石」がありました。

もらった当時は、ちょうど映画化が決まる直前くらいでしたでしょうか。

最初は読んでみても文章が重すぎなのと、500P越えのボリュームがしんどすぎるのとで、途中で挫折しました。

しかし後に映画が公開され、家族で観に行ったところでその世界観に魅了され、自宅に帰ってすぐに原作本を読み直した記憶があります。

それがきっかけで、読書熱が爆発し、あらゆる本を読み漁るようになったのです。

こんな経緯があったからこそ、読書力をつけるには好きな映画の原作本を読むのがいいのではないか?と思ったのですが、これだけでは不十分だと思いなおしました。

映画の原作本ならスラスラ読めるのなら誰も苦労はしないでしょう。同じ日本語でも、小説の文章は本を読みなれていない人からすれば異国語のように感じるのですから。

当時の僕がハリーポッターを読めたのは映画の力だけではなく、環境的な要因によるものだと思います。

読書力が身についた環境要因は二つ。ひとつは祖父母が読書家だったため、そしてもうひとつが日常的に「読書する練習」をしていたからです。

僕自身は練習していたつもりはないのですが、実はアレが練習になっていたんじゃないかと思い当たるものがありました。

アレとは「授業」のことです。当時の僕は毎日のように学校で教科書を読んでいたのです。

勉強好きではなかった当時の僕からすれば、教科書は面白くありませんでした。国語の授業にしても、掲載されているのはお堅い話ばかりで、やはり退屈でした。

ですがそれが「練習」になっていたわけです。

つまらなくても我慢して、一日何時間も文章を読んでいたからこそ、いざ自分が好きだと思える物語に出会えた時、その文章という言語を解することができたんだと思います。

おそらく日本人なら誰もが、読書力を培っていた時期があるんでしょう。そのタイミングで、自分が好きだと思える物語に出会えれば、爆発するのだと思います。

つまり、読書力をつける方法とは、「練習あるのみ」ということ。

職業にもよるとは思いますが、大人になったらまとまった文章を読む機会などそうそうありません。授業という環境から遠ざかり、時間が経てば経つほど、読書力は枯れていくのです。

枯れ切った読書力では、本を読むことなどできません。しかし、忙しい毎日の中で何時間も本を読む練習なんてできないでしょう。

ここでお勧めしたいのが「いちにち10分の読書」です。はっきり言ってそれくらいのところから始めないと、続かないと思います。

夜寝る前でも、朝起きた時でも、通勤中の電車の中でも、とにかく「いちにち10分」本を開いてみましょう。

正直、最初はつまらないと思います。頭にも入らないかと思います。

でも10分くらいなら我慢できそうな気がしませんか?そして気が付いたらその10分が数十分に、やがては数時間になっていることでしょう。

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