「ボクたちはみんな大人になれなかった(燃え殻)」のあらすじ・感想・名言を解説!ネタバレ有の考察も

「ボクたちはみんな大人になれなかった(燃え殻)」のあらすじ・感想・名言を解説!ネタバレ有の考察も 小説

どうも、広く浅いオタクの午巳あくたです。

今回は燃え殻さんの「ボクたちはみんな大人になれなかった」について語りたいと思います。

ここ数年単位であれば、1,2を争うほどハマった作家さんのデビュー作なので、とりわけ熱く語りたいと思います!

あらすじ

東京という街にとくだん歓迎もされず、かといって拒絶されるわけでもなく、ほどよく馴染みながら生きる43歳の「ボク」は、知り合ったばかりの女性とベットを共にし、互いに体と嘘を重ね合わせながら一夜を明かすような生活を送っていた。

ある日のこと、フェイスブックの”知り合いかも”の通知から「小沢(加藤)かおり」という名前が目に飛び込んできた。

忘れようもない、自分よりも大事だったのにあっけなく失ってしまった彼女の現在を知る機会に、激しく動揺する「ボク」は、惑いながらも友達リクエストを送信した。

そして、1990年代後半、大人でも子供でもなかった若かりし頃の自分を立ち返っていく…

感想:叙情的な自虐

叙情的な自虐というユニークな文体に心奪われた次第でございます。

叙情的な文とは、感情や風景を繊細に、ムードや情感をもたる表現のことです。村上春樹さんの文章はその典型(むしろとことん振り切った究極系とも言えるかも)です。

例えば本作にあるこんな文書

改札を出ると、突き刺すような日差しと毛布に包まれるような熱風に襲われた。蝉の鳴き声すら暑さに疲れているように響く

みんな広い世界を覗いて、片手に収まる窓を開けて満足している。ボクはときどき、急にその場所が息苦しくなる。見えない窮屈なルールを感じる。そして自分と分かち合うことができない平行世界に目を伏せたりする。

こんな感じのやつです。僕はそういう文章が大好きですし、小説というコンテンツの醍醐味でもあると思います。

いっぽうでどこか陶酔めいたニュアンスがあり、作家のナルシズムが顕著に出やすいところであり、あまりにこの手の表現がくどかったりすると、胃もたれしそうになる人も多いです。

そして本作の文章は、とことん叙情的で、けっこうくどいです。しかしながら、陶酔めいたニュアンスはさほど感じず、サラサラと水のように飲みこめる文章でもあります。

なぜならこの物語で終始にわたって主張しているのは

「あの頃の俺はバカだった」

だからです。

いい大人になった主人公が、若かりし頃のアレやコレやを思い出し「あああ!くそ!」と地団駄を踏んでいるニュアンスが、終始漂っているんですよね。

美しく繊細な文で語られているから、ついノスタルジックな情景に見えてしまうんですが、実際にはいくぶんかの懐古はあれど、基本的には自虐しているのがこの本のおもしろいところ。

ゆえに叙情的な表現にありがちなナルシズムがあまり感じられず、むしろ主人公と同じくかつて若い男だった僕からすれば、共感するところばかりです。

燃え殻さんの文は、繊細な品格と苦笑を交えた親近感を両立させたユニークでこの上なく魅力的な文だと、本作で実感しました。

そして過去の自分を自虐しながらも

「今の俺も大して変わらん」

という主張に落ち着くあたりも、じつに共感できるところです。

考察:タイトルに込められた意味※ネタバレ有

※この章では若干のネタバレを含みます。未読の方が読んでも支障ないよう心がけますがゼロの状態から楽しみたい人は飛ばしてください

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この本のタイトル、すごく印象的ですよね?読み終わった後でも、タイトルの意味に関していろいろ考察してみたくなりましたので、僕なりの解釈をお披露目したいと思います。

大人になれなかったのは誰かというと、言うまでもなく主人公の「ボク」のことでしょう。

この物語は42歳になった主人公が、二十代前半の頃の自分を立ち返るシーンがほとんど。その頃の「子供でも大人でもない自分」と今の「大人としか言いようがない年齢になった自分」自分の比較が、この本のテーマとなっていると思います。

二十代の頃の主人公は、夢も希望もないエクレア工場で漫然と過ごしていたましたが、一人の女性との出会いがきっかけで前に進むようになり、広告業界の世界に足を踏み入れていきます。

ここまでであれば美談ですが、この主人公の場合はそこからが苦難の始まり。夢が無くても自由ではあった工場勤務と違い、ブラック企業なんて言葉すらなかった時代の零細企業はまさに非人間的な労働環境。そんななかに身を置くことで、しだいに自分のことでいっぱいいっぱいになっています。

いっぽう恋人の方はというと、相変わらず自由なままです。最初はその自由さに惹かれたはずなのに、次第に彼女と自分との間に生じたギャップに葛藤するようになります。

やがて主人公は恋人と別れるのですが、その終わり方もあっけないもの。リップクリームを買いに行くというささやかなデートの終わりに、「こんど、CDを持ってくるね」という彼女の言葉を最後に、それ以降は会わなくなったのです。

なぜそうなってしまったのか?それは大人になれなかったからにほかなりません。

この当時の「ボク」という人間は、正直言って子供じみています。自分で正直にいるよりも、憧れからくる虚栄を優先したり、そのくせ魅力的な女性を前にすれば必要以上に臆したりと、読んでいる方が共感性羞恥を発症せざるをえないようなアレコレが、あけすけに描かれているのです。

そしてもっとも子供じみたポイントは、恋人に対して関心が無いところ。もちろん好きだという気持ちもあれば、一緒にいたいという望みもありますが、それはあくまでも自分の感情にすぎず、好意も焦燥もすべて自分本位なものでしかなかったのです。

恋人は理由のわからないタイミングで涙を流したり、急に旅行に行きたいといって主人公を引っ張り出したりと、奔放でどこかミステリアスな雰囲気です。

しかし実際にはミステリアスな女性だったわけではなく、単純に主人公が彼女のパーソナルな部分を気にかけていないだけ、ただ「理解していない」だけだったのでしょう。

そういう若者らしい自分本位さが、彼女との距離を開かせたのです。

この物語は恋人との出会いで良い方向に変わりはしたものの、大人にはなれなかった、そんな自分への皮肉と自虐に満ちていました。

では42歳になった「ボク」はどうなのか?若い頃より金もあって、より社会に適応し、いくばくかの自由も確保し、色も恋も嗜んでいます。

にも関わらず、かつての恋人、忘れられない一人の女性の影がちらついただけで心惑わせてしまいます。0年前からすこしも褪せることない新鮮な色彩をもって、彼女の名前が目に飛び込んできたのです。

体も、着ている服も、そして世の中も、あの頃とはまるで違っているはずなのに、心の一部、それも奥深いところで何も変わっていない部分があるという気づきこそ、「大人になれなかった」という自覚なのではないかと思います。

しかし、これだけでは「ボク”は”大人になれなかった」ですよね。なぜ”たち”なのでしょう?

これは作中に登場する様々な「大人」を含んでいるからだと思います。

11年もエクレア工場で働きながら舞台俳優をやっている先輩

引っ越しやのバイトを理由に仕事を辞める広告専門学校の教師

金も地位もあっても色欲で身を亡ぼす実業家

主人公の回想にはそんな子供じみたところのある大人たちが数多く登場します。そして現在、かつて自分が目にしていた大人たちと、変わらない年齢になった主人公もまた、大人になれていない自分を自覚したのです。

そんなかつての先輩方と自分を含めて、「ボクたちはみんな」としたのではないかと考察しました。そしてこの本を読んでいるかつて若者だった誰か、つまりは僕自身のことも含まれているのかもしれませんね。

名言

「ボクたちはみんな大人になれなかった」はとにかく名言の宝庫。フレーズフェチの僕には垂涎物の内容でした。

というわけで個人的にグッときた名言をいくつかご紹介します!

「いま、孤独なんだ」を「いま、自由なんだ」に言い換えると鎮静剤くらいには効くんすよ

友達付き合いも少なくなり、独身で、なおかつ恋人もいないアラサー男の心にこれほど沁みる言葉もありません。

ぼくはいま、自由なんだ。

これは絶望でもあり希望でもあるんだけど、人の代わりはいる。哀しいかな誰がいなくなっても世界は大丈夫だ

これは、本当にそう。

若いころはこの事実に絶望し、でも年をとるとこの事実を希望と捉えるようになりました。果たしてそれが良いことなのか、悪いことなのかは正直わかりません。

たとえハリボテの夢だったとしても、人間は背中のリュックに何か入っていないと前に足が進まないようにできているのだ。荷物は軽い方がいい。だけど手ぶらでは不安すぎるんだ。

ハリボテの夢でも無いよりは良いと捉えるべきか。はてまたハリボテの夢なんかを持たないと前に進むことすら困難な人間の性を嘆くべきか…

そして不思議なもので、ハリボテほど重く感じやすいんですよね。

「大人の階段」は上にしか登れない。その踊り場でぼんやりとしているつもりだったボクも、手すりの間から下を覗いたら、ずいぶん高い場所まできていて、下の方は霞んで見えなかった

共感しすぎてつらい。

まとめ:こんな人におすすめ

本作はこんな人におすすめです。

・村上春樹のような叙情的な文章が好み

・時を経ても色褪せない恋がある

・アラサー、アラフォー世代の男性

急展開やプロットの完成度で魅せるタイプの小説ではなく、どちらかというと雰囲気や解釈を楽しむ作品です。

特にアラサー、アラフォー世代の男性には共感したりグサッと刺さったりするポイントがたくさんあると思うので特にお勧め!

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