どうも、広く浅いオタクの午巳あくたです。
今回はシャーロックホームズシリーズの第一作である「緋色の研究」について語りたいと思います。
世界で最も有名な名探偵の、その始まりの物語のあらすじと感想、そして読むのが10倍楽しくなる予備知識をご紹介いたしますので、ぜひ最後までお付き合いください。
あらすじ
軍医としてアフガンに出兵していたジョン・H・ワトスンは、銃弾による負傷でイギリスに送還された。
目的もなく放浪していたワトスンだったが、ロンドンで腰を落ち着けることにし、手ごろな家賃の住まいを探すことにした。
そしてかつて助手をしていた男から、ベイカー街の221Bに空いている下宿先があることを知らされるが、同時に別の人物もその部屋を気に入っていてルームシェアの相手を欲しがっていることを告げられた。
共同生活をすれば家賃は折半になるため、ルームシェアに乗り気になるワトスン。
そしてその人物と研究所で対面した。シャーロック・ホームズと名乗った彼は、ワトスンと握手をすると
「あなたはアフガニスタンに行ってましたね?」
と唐突に言った。なぜ会ったばかりの男が自分のプライバシーについて知っているのか不思議に思うワトスン。
そしてそんな奇妙な男との共同生活がはじまる。
第一印象のとおりホームズは風変わりな男だったが、一緒に暮らしにくい男ではなかった。
彼がたまに弾く巧かつ独創的なヴァイオリンの音色がワトスンの生活の彩りとなり、概ね快適な共同生活を営んでいた。
そんなある日、ホームズのもとに一通の手紙が届く。中身は「廃墟で奇妙な死体が発見されたため、力を貸してほしい」という刑事からの依頼だった。
のちに「緋色の研究」という題目で語られるこの事件に関わるなかで、世界で唯一の「顧問探偵」であるシャーロック・ホームズの英知をワトソンは目の当たりにするのだった…
感想:ロンドン市民の愛すべき隣人
緋色の研究をはじめとして、シャーロック・ホームズシリーズは非常に独特な手法で描かれている物語です。
特に珍しいのが、この小説が主人公でも犯人でもなく、主人公の友人という立場の人物の一人称で語られている点
多くの小説は主人公の視点か、あるいは「神の視点」と呼ばれる物語に介在しない第三者による視点で描かれるものです。
ミステリーにおいてはときに犯人の視点になったり、複数の登場人物の視点を行き来したりすることはありますが、ホームズシリーズにおいてはほとんど一貫して、ワトスンの視点から描かれているのです。
この描き方は非常に独特ではありますが、読んでいるとワトソスンの視点は読者にとって非常に親切なものであることがわかります。
天才的な頭脳を持つホームズを、凡人の視点で観る存在であるワトスンは、読み手の代弁者となってくれるのです。
つまりホームズの奇々怪々な行動や言動に、読み手の代わりにWhatやWhyを問いかけてくれるということ。
そうしてくれることで、僕たちは事件に関するアレコレを、ト書きによる味気ない説明ではなく、ホームズの皮肉と傲慢なユーモアに満ちた口調で聞けるわけです。
よってシャーロックホームズは古典ミステリー小説であるにもかかわらず、非常にテンポが良く脳に負担がかからない造りになっています。
しかしワトスン視点であることの意味はそれだけではありません。
本作のユニークな点のもうひとつとして、読み手はリアルタイムでワトスンの視点を追っているわけではないというところ。
じつはこの物語は、ワトスンがシャーロックホームズの冒険譚を綴った伝記小説という設定なのです。よって小説内のワトスンの語りは、ノンフィクションライターが自分の過去の体験を客観的に語っているような形式をとっています。
つまり僕らが手に取って開いた「緋色の研究」というタイトルの書籍は、ジョン・H・ワトスンが執筆したノンフィクションである…というフィクションなわけですね。ややこしいw
正直なところ、こんな設定をつけずとも普通にワトスンの視点をリアルタイムで描いても問題なさそうな気がします。
なぜ、アーサー・コナン・ドイルはこういう形式をとったのか、考えてみました。
そしてシャーロック・ホームズという虚構を限りなくリアルな存在として、読者の心に刻み付けたかったからじゃないかという考察にいたったのです。
シャーロックホームズシリーズの舞台は19世紀のイギリスのロンドン。本書が発売された1887年前後の時代を、そのまま小説の舞台としています。
またワトスンがアフガンからの帰ってきたばかりという設定がありますが、実際に当時のイギリスはアフガニスタンと戦争中でしたし、ベイカー街も現実に存在する街です。
シャーロックホームズの舞台は、現実のイギリスの地理や文化、そして史実とリンクしており、とてもリアルな19世紀のイギリスを描いていたと思われるのです。
それでは、当時のロンドン市民になったつもりで考えてみてください。
書店で購入した「緋色の研究」という本を開くと、自分が生きるロンドンが忠実に描かれており、シャーロック・ホームズという個性あふれる魅力的な主人公の冒険譚を目にし、しかもなんとこの本は彼の友人であるワトスンが書いた伝記小説というじゃありませんか。
本の表紙には「アーサー・コナン・ドイル著」とありますが、まあ本名で執筆するライターの方が珍しいので、ワトスンのペンネームなのかもしれません。
気になってベイカー街を散歩がてら歩いてみたら、どこからかヴァイオリンの音が聞こえてきました。巧でありながら独創的な旋律を耳にしたとき、さっき読んだ小説のワンシーンが蘇ります。
あれ?もしかしたら…………なんてことがあったかもしれません。
もちろん当時の人々もこの小説がフィクションであることは重々承知だったでしょうけど、こんな風に想像したらなんとなくワクワクませんか?
ドイルはシャーロック・ホームズという虚構をフィクションとして語ることをせず、ノンフィクションの物語かのように語ることでロンドンという街に息づかせたのです。
本を読んだ人すべてに、ホームズという存在をリアルに感じてほしかったのだと思います。
ところでホームズとワトソンの住まいであるベイカー街221Bという住所は現実には存在していなかったそうです。そこはちゃんとフィクションだったわけですね。
しかし1930年に街同士が合併したことで、221という番地ができあがったとのこと。
そして現在はその番地にはシャーロック・ホームズ博物館が建設され、彼の名前を記したブループラークが取り付けられています。↓
ブループラークとは著名な人物が住んでいた場所や、歴史的な事件が起きた場所にたてられる史跡案内板のことです。
よって基本的には実在した人物の名前が記されるものですが、堂々とシャーロック・ホームズの名前が掲載されています。
ロンドン市民にとって、シャーロック・ホームズは小説の主人公というだけでなく、愛すべき風変わりな隣人だったのかもしれません。
19世紀のイギリス:シリーズが10倍面白くなるガイド
シャーロック・ホームズシリーズの舞台は19世紀のイギリスで、前述したように当時のイギリスを忠実に描いています。
そこで19世紀のイギリスがどんな国だったのかについて、ざっくりと解説したいと思います。予備市知識として知っていれば、シャーロックホームズを10倍楽しめること請け合いです。
当時のイギリスは産業革命の直後。教科書にも載っていることですが、産業革命とはひらたくいえば石炭によるエネルギー開発が発展し、それに伴い綿織物や製鉄などの事業が飛躍的に成長した事象のことです。
そしてイギリス全土の経済も活性化し、当時のイギリスは名実ともに世界で最も豊かな国となったのです。ひいては軍事産業の発展にもつながり、イギリスは世界中の各所を植民地化し、大英帝国と呼ばれていました。
国全体が豊かになったいっぽうで、貧富の差が救いようもなく拡大した時代でもあります。
当時のイギリス国民はおよそ三つの階層に分かれていました。
まず貴族や地主たちが連なる支配階級。
彼らは自らの領地をもって、その税収だけで贅沢な暮らしが可能でした。というより「商売は卑しい」という通念があったため、商売をしなくても贅沢に暮らしていけるというのが、当時の上流社会における最低限のステータスだったようです。
次が中産階級、あるいは資産階級などとよばれているミドルクラス。
その中の上層は資産家や投資家を筆頭に、銀行家や医師たち、エンジニア(研究開発)や法律家(弁護士)など、いまも比較的裕福とされている職業についている人たちですね。
もう少し下層だと、教師や牧師などの聖職者、軍部の幹部クラス、個人事業主や人気のある芸術家などが類したようです。
ホームズとワトスンも階級ではこの辺りに属していると思われます。
産業革命による恩恵は、主にこの二つの階層の人たちが受けたもので、それ以下の階層つまり労働者階級の人々にとっては非常に苦しい時代だったようです。
小規模な商人や軍の雑兵、季節労働を含む肉体労働に従事している人々が属していたのですが、まっとうな職がある人はまだマシな部類で、売春婦やホームレスなども数多くいたとのこと。
作中に「ベーカー街分隊」という浮浪者の少年グループが登場しますが、実際に当時のイギリスでは子供のホームレスも珍しくなかったそうです。
当時はそもそも大人と子供に明確な区分もなく、小学生くらいの少年少女が当たり前のように仕事に従事していました。
上の写真は煙突掃除人という職業を担う人とその徒弟である少年の写真です。
職について賃金をもらえるならまだマシなほうで、中には奴隷同然の扱いを受ける子供たちもいたそうですね。
そして貧富の格差が広がることで、上層や中層の人々の分断意識も強くなり、下層の人々は存在しないものとして扱われていた節があるそうです。
そして当時のイギリスはこの下層階級の人口がもっとも多かったようで、産業革命のもたらした絢爛な輝きが強くなればなるほど、暗影の闇も深まったのでしょう。
そしてそんなロンドンの闇の象徴的な存在である、かの有名な「切り裂きジャック」が暗躍したのもこの時代です。
ここからは余談ですが、切り裂きジャックが暴れていたのは1888年、なんと緋色の研究が発売されたわずか一年後です。
ドイルはこの連続殺人鬼が世間を騒がせている最中に、シャーロックホームズシリーズを執筆していたことになります。
ときおり現実の社会問題を小説内で描くこともあるドイルですが、切り裂きジャックについて作中で触れたことはありません。
しかし切り裂きジャック事件が話題になっている時期に、ホームズが作中で「忙しくて、手が足らない」とぼやくシーンがあり、実はこのときホームズは切り裂きジャックの捜査をしていたんじゃないかという考察が、シャーロキアン(シャーロックホームズマニアの俗称)たちの間で親しまれている通説です。
そしてそんな通説に触発されたのか、イギリスのミステリー作家であるマイケル・ディブディンが、「シャーロックホームズ対切り裂きジャック」という二次創作的な小説を出版しました。
西部開拓時代のユタ州について※若干のネタバレあり
※この章では若干のネタバレがあります。あくまで未読の方が楽しむためのガイドとしての解説ですが、ゼロの状態から楽しみたい方はとばしてください
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「緋色の研究」の第二部で、とつぜん舞台はイギリスからアメリカのユタ州に切り替わります。このあたりの描写が歴史を知らないと理解しにくそうなので、軽く解説していきます。
まず当時のユタ州は、西部開拓の真っ只中。アメリカという国が誕生したばかりで、政府が国土の西側を統治しようとしていた時代です。
よって西部には未開拓の誰のものでもない土地や、インディアンが住む集落などが数多く存在していたのです。
そしてそんな西部にあるユタ州の、現在のソルトレイクシティあたりに流れ着いた集団がいました。
モルモン開拓者と呼ばれるモルモン教徒たちです。モルモン教は現在でも信者を数多く要する、キリスト教の宗派のひとつ。
当時のモルモン教の一団は、宗教的な対立が激しくなったことによる立場の悪化で、新天地を求めてアメリカ西部を開拓することにしたのでした。
物語に登場するモルモン教徒の集団は、まさにユタ州を目指している途中の開拓者たちです。同じく作中の人物であるブリガム・ヤングというキャラクターも実在していて、当時のモルモン教徒たちの指導者的な立場にいました。
作中では開拓したユタ州の郊外の地を「モルモン教国」と表現していますが、実際に彼らは独立国的な立場をとっており、アメリカ政府と軋轢があったようです。
そしてカリフォルニアを目指していたアメリカ人の開拓集団を、誤解からモルモン教徒が虐殺してしまう事件が発生したのをきっかけに、政府が軍を蜂起しモルモン教国に攻撃を開始、モルモン側も武力をもってこれに抵抗しました。
こうしてのちに「ユタ戦争」と呼ばれる大規模な戦闘となったのです。
まとめ:こんな人におすすめ
「緋色の研究」はこんな人におすすめです。
・イギリス文化に関心がある
・古典ミステリーに挑戦してみたい
・名探偵コナンは好きだけど実はホームズは未読
当時の小説にしてはわりとテンポが良く、文体も比較的かるめなので、古典ミステリーの入門としてとてもおすすめです。
そして名探偵コナンが好きなら、新一が憧れてやまない最高の探偵がどんなキャラクターなのか気になりませんか?